『 チェーンソー講習会 その2 』

最初に出くわしたマーキングされた木が直径20cm弱と細かったことから、「これは女性向き」と、いきなり私が伐倒することになりました。 「最初に、この木の重心を見て」と先生に言われ、根元の傾きに合わせて「こっちです」と答えたところ、「本当にそうかな?」と問い直されました。「全体を見て、判断しなくちゃいけませんよ」とのこと。が、全体を見たら、今度はさっぱりわからなくなってしまいました。見よう見まねで幹に寄り沿うように立って梢を見上げたりもしたのですが、やっぱりわかりません。結局、自分で自信をもって木の重心を見極めることはできませんでした。 伐倒方向が決まると、今度は作業しやすいように木の回りをきれいにします。そして、受け口を作り始めましたが、……下切りと斜め切りのラインがなかなかうまく一致せず、気がついたらどんどん深く切り進んでしまっていました。本来受け口は、伐根直径の4分の1と習ったばかりなのに、あらら、半分以上が受け口になってしまっています。あちゃー。先生には、受け口を作りながら伐倒方向を一度も確認しなかったことも注意されました。そして、受け口の正面に正対して立ち、方向を確認します。幸い、方向はずれていませんでしたが、「つる」を残すためには、必然的に追い口はほんのちょびっとしか切ることができませんでした。最後は、先生が木を押し倒して伐倒。余分な枝を落とし、竹竿で測った10尺ごとに切り揃えて、私の初めての伐倒は完了しました。林の中には、どう見ても未熟極まりない切り株がひとつ、残されていました。


この後、受講者それぞれが自分の選んだ木を伐倒。チェーンソーそのものには慣れている人も少なくなかったようですが、それぞれ見落としていた点や癖を先生から指摘してもらい、また「かかり木」の処理方法を目の前で習い、有意義な時間でした。 この講習を通じて最も心に残ったのは、修了式での先生の言葉です。 「いちばん大事なのは、『自分で考える』ことです。教えられるのは、ほんの一部だけです。最初に、こちらの杉林を日本人、あちらの桧林をヨーロッパ人と思ってくださいと話しましたが、一口に日本人といっても、ひとりひとりがまったく違うように、ひとつとして同じ木はありません。木を切ることは、その木と戦うことです。全身全霊でその木と向かってください。恥ずかしながら、私も木を切っていて、ほんの一瞬別のことを考え、足を怪我しました。また、細い木ほど事故の発生率が高い。なめてかかって、気が緩んでいるからです。自然のなかではその場その場でぜんぶ状況が違うのですから、しっかり自分の頭で考えて判断してください」
思い返してみると、私が受け口を作っている際に、自信がないあまりに「これでいいですか?」と質問したところ、返ってきたのは答えではなく「自分で思うようにやってみてください」という言葉でした。つまり、先生はあのときも暗に「自分で考えなさい」と教えてくれていたのです。


すばらしい先生だなと思いました。チェーンソーに限らず、なにかを習っているとき、言われるがままに動いていただけでは、その場ではスムーズに事が運ぶかもしれませんが、自分の身につきません。導いてくれる人がいなくなった途端に不安になり、ふわふわと浮き足立って、実際にはなんの役にも立たずに終わってしまうことがよくあるような気がします。もちろん、要所要所で適切な助言を与えることは必要ですが、本当に意味のある教育というのは、自分で考える力を養うことなのでしょう。これはなんに関しても共通して言えることだとは思いますが、ひとつとして「まったく同じ」がない自然と向き合う際には、特に重要な意味を持ってくるにちがいありません。

そんなこんなで、技術的な面だけでなく、精神的にも大きな充実感を得たチェーンソー講習会だったのでした。

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葛城奈海さんのホームページ  http://www.katsuragi-nami.com