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『 富士山緑化活動に参加して 』
田んぼ仲間でもある知人に誘われ、富士山緑化活動に参加しました。これは1996年の台風によって発生した大規模な風倒木被害の復旧を目的に始められた活動で、国土緑化推進機構が主催しています。"ブナやヒノキを中心とした広葉樹と針葉樹の混じり合った森づくり"を目標として「富士山緑の募金の森」と名付けられたその森は、富士山の一合目、標高1030m前後のなだらかな南斜面に広がっていました。面積は、約35ha(東京ドームにして約7〜8個分)。2004年までの5年間で植え付けは終了し、現在は下草刈りが行われています。今回私は、この「緑の募金」の趣旨に賛同したリコー・グループが年に数回実施している現地での下草刈り体験活動に加わりました。東京・横浜から大型バス2台を連ねて南富士へと向かった参加者は、関連会社の社員や家族ら91名。回を重ねるにつれ、参加者は確実に増えているそうです。
全エリアは15区画ほどに区切られ、針葉樹(ヒノキ)と広葉樹のエリアが市松模様状に配されています。樹高の異なる広葉樹を計画的に植えているほか、樹木の密度を通常の60%程度に抑えて、自然に生えてくる広葉樹の育成も合わせて行うようにしているとのこと。実際、鳥が種を運んだと思われる朴の木などがヒノキに先駆けて成長している姿が随所に見られました。開会式を行ったエリアでは、2mほどに伸びて穂を揺らしているススキに埋もれるようにしてミズナラなどの幼樹が健気に成長していました。ですが、今回私たちが作業したのは針葉樹エリアです。1.5mほどの間隔で4年生のヒノキが2列に植えられていて、この間の下草を刈っていきます。そのために用意されていたのは、柄の長さが腰の高さくらいまである大鎌。これを使えば、しゃがみこむことなく作業ができるという優れものです。指導員の方に見本を見せてもらい、早速実践してみました。ほどなく、「余計な力を抜けばうまくいく」というコツを掴んだ私は、よく研がれて気持ちのいい切れ味に加え、楽な姿勢で作業できる、この大鎌がすっかり気に入ってしまいました。ですが、油断大敵。調子に乗って鎌を振るっていたところ、大事なヒノキに刃を当ててしまったではありませんか!幸い大事には至りませんでしたが、大いに冷や汗をかき、常に細心の注意を怠ってはいけないと反省しました。と同時に、ここに至って、なぜ私たちが広葉樹のエリアを任せられなかったか、よ〜くわかりました。広葉樹エリアでは、逞しく育った草に埋もれ、か細い幼樹の識別が極めて困難なのです。素人集団に任せたら、勢い余って肝心の苗を刈ってしまった、などという悲劇が続発するに違いありません。

私たちの班が割り当てられたのは、針葉樹エリアの中でも腿くらいまでしか草が伸びていない、比較的楽に作業できるゾーンでしたが、それでも初秋の陽光を浴びて一心不乱に作業していると、けっこう汗ばんできます。そんな中、時折手を休めて腰を伸ばすと、草原を渡る風が一服の涼を運んでくれました。間近に仰げるはずの富士山がずっと雲に覆われていたのはちょっと残念でしたが、その分、思わせぶりに見え隠れする宝永山が目を楽しませてくれました。
広大に見えたエリアも、91人の手にかかればあっという間にきれいになり、予定外の場所まで手を広げることができました。田んぼや畑の作業をしていても常々感じるのは、人の数というのはパワーだ、ということです。また、農耕民族であった日本人が「和をもって尊しとなす」気風になったのも共同作業を進める上での必然だったのだなと納得してしまうのです。
お昼休みを挟んで、午後も1時間ほど作業しましたが、今回の感想を一言で言うと、「楽しかった」。鼻歌を歌いながら鎌を振るうおじさんもいて、牧歌的な雰囲気の中でのんびりと作業が進められましたし、気の合う仲間同士で山や森や植物の話にも花が咲きました。現地まではバスが体を運んでくれ、道具はメンテナンスが整った状態で用意され、後片付けも必要なく、ある意味「おいしいとこ取り」の1日だったといえるでしょう。林業のプロとして働いているみなさんからすれば、考えられないことかもしれませんが、だからといって、こうした活動を否定する気は毛頭ありません。環境問題を考えるにせよ、林業を考えるにせよ、関わり方には人それぞれのレベルがあります。浅いものを全否定してしまえば理解の裾野は広がりませんし、ボランティアというのは、これくらい肩の力が抜けていた方が長続きするものかもしれません。ただ、このような待遇を受けたら、それを縁の下で支えてくれた方がいたからこそ楽しく気持ち良く活動できたということを、ゆめゆめ忘れてはならないでしょう。秋風を心地よく頬に受けながら、そんなことを感じた富士での1日でした。
葛城奈海さんのホームページ http://www.katsuragi-nami.com/ |