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「緑の雇用」総合ウェブサイト |
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| 堀越 敬二さん (有)中川木材 |
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地元出身の堀越さんは土木関係の仕事に7年就いていたが、林道工事や砂防ダム建設の仕事をしたのがきっかけで林業に興味を持ち、もっと深くやってみたいと思ったという。そんなときに知り合いが「緑の研修生」になったのを聞き、さっそく自分も応募。ひと月遅れで、研修生になることができた。実際に研修を受けた印象を聞くと「イメージと違いました。思ったより機械化が進んでいるのでびっくり。もっと人の手間がかかる仕事かと思っていました」とのこと。研修生になってから重機の資格も取得したという。また、「体力的には自信がありましたが、歩くことがいちばんの仕事だと痛感しました」とのこと。これからのことを聞くと、ずっと続けていくという力強い答え。「どんなに疲れても、明日が来るのが楽しみなんです。もう、自分のチェーンソーも買っちゃいましたから」と微笑んだ。 |
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| 斉藤 仁さん (有)近野林業 |
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屋根のある所でやる仕事より、外で身体を動かして働きたかったという斉藤さんは、高校卒業後3年ほど土木関係の仕事に就いていた。しかし、会社の事情などで辞め、林業をやっている知り合いから「緑の研修生」のことを聞き、興味を持ったという。小学校のときはサッカー、中学・高校はバスケットボールをやっていたので体力には自信があった。実際にやってみて、体力的には問題なかったという。「木を伐るのも、草を刈るのも、自分でやったことがはっきり見えるのがいいですね」と林業の楽しさを語る。冬は、どんな仕事をしているのと聞くと「主に間伐ですね。雪がひどいときは土場で杭づくりをしています」。奥さんと3ヶ月になる女の子の3人家族。現在はご両親と同居しているという。「林業は、おもしろいので、これからも続けていきたいです」と将来の進路は決めているようだ。 |
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| 佐藤 豊明さん (有)中川木材 |
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佐藤さんは、ハローワークで中川木材の募集を見て応募した際に、「緑の研修生」制度があることを聞き、どうせやるならしっかり林業を学ぼうと思い研修生に応募したという。以前は厨房機器製造関係の仕事をしていた佐藤さんだが、お祖父さんが以前林業をしていて、周囲にも林業をしている人がいたので前から興味があったそうだ。実際にやってみた感想は「聞くのとやるのとでは、違うなあと思いました」とのこと。最初の1ヶ月は山歩きが相当きつかったようだ。「学生のときは、どちらかというと文化系だったので」と苦笑する。面白いことは何、と聞くと「やはり伐倒や玉切りですね。屋内の仕事と違って山の仕事は季節、場所によって風景がまったく違うので楽しいです」と答えてくれた。これからのことをたずねると、「両親も勧めてくれているので、できれば林業をずっと続けていくつもりです」と語ってくれた。 |
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| 北原 正行さん (有)中川木材 |
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「高校を出てから、8年間土木関係の仕事をしていました」という北原さんは、自然や山が好きなので林業をやってみたくなったという。「緑の研修生」は、ハローワークで紹介され、いわき市で緊急雇用を受け、今の会社で研修生になった。前の会社で重機の資格は取っている。山仕事の感想を聞くと、「最初はきつかったけど、今は慣れました」とのこと、特に夏場は身体がきつかったそうだ。「夏を越してから、大分慣れてきましたね」と笑顔を見せる。今は、チェーンソーで木を伐り倒すのが楽しいという。まだ独身で、実家で両親と同居。実家は農家で田圃の他に牛もを飼っている。休みの日や夕方帰宅してからは家の仕事も手伝っているという孝行息子だ。趣味は車いじり。「前は魚釣りもやってたけど、今は車をいじったり、ドライブをするのが楽しいです」とのこと。「自分でやろうと決めた仕事なので、これからも続けていきます」と力強く答えてくれた。 |
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| 桜井 利美さん (有)中川木材 |
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若い人が多い研修生の中で、ひときわ落ち着きがある桜井さん。聞けば、3人の娘さんがいる5人家族の長。以前は運送業の運転手の仕事をしていたが、「時間にしばられたくなくて」と「緑の研修生」に応募した。ご家族は心配していませんか、と聞くと「ケガにだけは気をつけてと言われますが、がんばってね、と励ましてくれます」とのこと。最初の頃は、「体力的にもきつくて、筋肉痛がすごかったです」という。しかし1ヶ月ほどで身体が慣れてきたそうだ。それでも移動中に木の枝に足をひっかけて転んだりと「失敗はけっこうありますよ」と苦笑する。山の仕事の楽しいところは何ですか、とたずねると「自然の中で働けることですね。ずっと続けていきたいです」と目を輝かせる。娘さんたちに励まされながら、しっかりと森林の担い手をめざしているようだ。 |
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| 葉倉 孝浩さん (有)中川木材 |
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製材所に勤めていた葉倉さんは、もっと外でやる仕事がしたくて転職を考えたという。ハローワークに行って、今の会社を紹介されたが、その前に、知り合いがいわき市の緊急雇用の仕事を紹介してくれた。その仕事がヒノキの枝打ちで、やってみておもしろいと感じたそうだ。実際にやってみると「想像したより難しかった」とのこと。「木を伐っても思った方向に倒れないし、慣れていないから、木の枝にチェーンソーをはさんでしまったり」と失敗談を語ってくれた。最初は山登りがつらかったそうだ。「チェーンソーと燃料持って、リュックしょって、けっこう重いんですよ。でも今は慣れて、息切れもしないし、筋肉痛もなくなりました」と力強く語る。今まで入ったことがない山に入って、きれいな景色を見ることができるのが最高の楽しみだという。休みの日は、と聞くと「2ヶ月半になる息子の相手です」と微笑んだ。 |
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| 善方 吉勝さん (有)井出林業 |
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横浜で生まれ、7歳のときに福島に越してきた善方さん。お兄さんがプロの競輪選手で、自分も競輪選手をめざしてトレーニングしていたという。しかし、ケガなどで諦め、次にめざしたのが犬の調教師。そのためにお金を貯めようと緊急雇用に応募した。そこで集材の仕事に就き、林業に興味を持ったという。そして、人の紹介で今の会社の社長と会ったことが研修生になるきっかけになった。今は、林業のプロをめざして、研修に励んでいる。「自転車で足腰を鍛えてあったので、山仕事もぜんぜんつらくなかったです」。つらいのは寒さとハチ刺されだという。「ハチには、もう10回近く刺されました」と笑う。木を伐るとき、どちらに倒せば集材のときにラクか、と効率を考えながらやるのが面白いという。どうやら天職にめぐりあったようだ。 |
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| 斉藤 洋樹さん (有)平子商店 |
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斉藤さんは、出身は郡山だが、鹿児島の大学で土木工学の勉強をしていた。林業には以前から興味があり、自然相手の仕事に就きたいと思っていたそうだ。卒業後、故郷に戻っていたときに偶然、新聞で「森林の仕事ガイダンス」の広告を見て、すぐに森林組合に電話をかけたところ、今の会社を紹介された。「想像したよりはたいへんだけど、やっていて楽しい」と語る。「先輩たちは仕事が早くて、無駄がない。まだまだついて行けません」とベテランの仕事ぶりに感心する。やっていておもしろいのは伐倒だという。「倒すときは快感がありますね。でも、まだ教わっている最中なんですけど」と謙遜する。重機の資格も会社から研修に出してもらい取得した。今は主に間伐の仕事をしているという。「自分も早く一人前になりたいですね」と抱負を語る。春の研修終了まであと少し。本格就業に向けて期待をふくらませている。 |
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| 千葉 弘さん (有)井出林業 |
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以前は、自動車製造工場で派遣社員として働いていた千葉さんが「緑の研修生」になったのは、緊急雇用で林業を経験したのがきっかけ。実際に山の仕事をした感想を聞くと「他の研修生は楽しいっていうけど、まだ仕事に慣れていないから正直に言ってきついですね」と慎重な答え。今、どんな仕事をしているのかを聞くと、間伐が多いとのこと。「今までスポーツはほとんどやったことがないんで、最初は筋肉痛がひどかったです」と語ってくれた。つらかったことを聞くと「山の登り降りですね」と答えた。今は身体も慣れてきたので、そんなにつらくなくなったそうだ。今後のことを聞くと「せっかく研修生になれたんだし、続けたいですね。真剣に考えないといけないと思っています」とのこと。静かな情熱を感じる答えだった。 |
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| 近野 菊男さん (有)近野林業 社長 |
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(有)近野林業の近野さんは、学校を出た昭和42年からお父さんのもとに弟子入り。途中、1年ほど別の仕事に就いたことがあるというが、来年で40年林業を続けてきた大ベテラン。今、近野さんの会社で研修を積んでいる「緑の研修生」は2名。昨年は3名の「緑の研修生」を受け入れたという。「研修生には指導員をつけて、通常の作業の中に研修項目を取り入れながら研修をしています。今やっている作業はグラップルやクローラーなどの高性能林業機械を使った間伐材の積み出し作業です」とのこと。教えるときにいちばん気を遣っているのは、やはり安全のこと。「教えられたことをいつも頭の片隅に置いて、作業をしろと指導しています。また、ちゃんと考えてから作業をするようにとも。あせって作業して確認を怠ると大きな事故につながりますから」と戒める。今年の研修生の評判を聞くと「それなりにやっている。いいと思います。研修後も林業のプロをめざして続けていってもらいたいですね」と研修生に大きな期待を寄せているようだ。(有)近野林業さんでは、今は国有林の整備の仕事が多いという。朝、工場に集まってみんな一緒にバスで現場に向かう。「今はスギやヒノキが多いですが、昔このあたりはケヤキの産地でした。この仕事をはじめた昭和42年に根回りが2m40cmのケヤキの大木を倒したことがあります。あれが今まででいちばん大きな木でしたね」とかつての思い出話を披露してくれた。「今はベテランが少なくなっています。世代交代の最中ですね。この制度で若い人が林業に入って来てくれるのはいいことだと思います」
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