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緑の研修生新聞 北海道篇
「緑の研修生」ニューストップへ 研修生の声 北海道の森林と林業 森林の知識

自然の中で働きたかった。きついけど、おもしろい。地元での転職組も、Uターン組も、森林の仕事をいきいき語ってくれた。


木を倒す間伐など初めは怖かったが、いまは爽快
工藤  俊一郎さん(下川町森林組合)

工藤俊一郎さん 「前は札幌の測量会社に勤め、山の測量をやっていました」という工藤さん。そこを辞め、お姉さんがやっている建築設計の会社でホームページづくりを手伝いながら、新しい仕事を探していたそう。そんなとき「森林の仕事ガイダンス」の広告を父親が見つけ、勧められたのが、いまここにいるきっかけだと語る。石狩北部森林組合での緊急雇用を経て、札幌の近くで就業先を探していたがなく、ここ下川町にくることにしたとのこと。「来てよかったです。釣りが好きだから、休みにはナヨロ川でニジマスやアメマス釣りが楽しめます」とにっこり。仕事も楽しいといい、いまは除伐作業に取り組んでいるそうだ。「これからの寒さが心配ですけど…」と不安もちょっぴり。「木を倒す間伐など初めは怖かったけど、いまは爽快です」といい、「自然の中で働くのは気持ちいいし、できれば一生の仕事にしたいですね」と話してくれた。


モノづくりに力を入れているところで働きたかった
田邊 大輔さん(下川町森林組合)

田邊大輔さん 大学ではデザインの勉強をしていた田邊さんは、林業に就く明確な動機をもっていた。聞けば、「山で働きたい」という考えがあったが、それも「山の恵みでモノづくりまでできるようなところで」という希望をもっていた。そこで、森林関係の情報をインターネットで調べまくったという。「モノづくりに力を入れているところ、循環型の林業経営をしているところを探していったら、下川町森林組合にたどり着いたんです」とうれしそうに語る。自らここ下川町まで下見に訪れ、山も工場も見て確かめたという熱心さ。そして、東京池袋で開かれた「森林の仕事ガイダンス」に出かけ、北海道のブースに直行。「下川町森林組合に行きたい」と直訴し、担当の人が組合長に掛け合ってくれたそうだ。自ら道を開いた彼も、「山の仕事は体力的にきつく、最初はついて行くのに必死でした」と語る。体力をつけるために、なんと毎朝ウエイトトレーニングやランニングをしたという熱血ぶり。どうやら天職を見つけたようだ。


10キロ近くやせて、体を動かすのがらくになった
藤井  政二さん(富良野地区森林組合)

藤井政二さん もともと富良野育ちの藤井さんは、「地元の道路舗装の会社で現場を管理する仕事をしていました」と語る。その会社には25歳から57歳まで働いていたといい、退職後はハローワークで職を探していたそうだ。そんな折に緊急雇用として働くこととなり、南富良野にあるキャンプ場の整備をしていたとのこと。そんなことから緊急雇用後に、いまの森林組合で「緑の研修生」として働いているという。仕事について聞けば、「未経験だったから、体力的にも、作業自体も大変でした」と苦笑い。「チェーンソーや刈払い機は前にも土木の仕事でやったが、その比じゃなかったですね」「夏の下草刈りのときは汗だくで、ほんとうにきつかった」と振り返る。実に10キロ近くやせたそうで、「体を動かすのがらくになりましたね」と笑う。「伐倒は危険も伴いますけど、やっていて楽しいですね。スカッとします。自然と戦っている感じになりますね」といい、「できれば続けていきたいんですが…」と結んだ。


いまは自立への夢の助走です
小林 博さん(富良野地区森林組合)

小林博さん 「食品製造の会社で普及活動をしていました」という小林さんだが、普及活動とは北海道内の契約農家を回り、栽培から収穫までの状況をつかみ、原料となる農産物を確保する仕事だそうだ。あちこちに出かけていて気になったのは、人工林が荒れていることだったという。「自分も山持ちで、親父が植えた木がいまでは40年から45年生になり、手入れしなくてはいけないなあ」と思っていたこともあって、余計に気になったようだ。聞けば、「14、5年前から、子どもたちの手が離れたら山をやろうと決めていたんです」とのこと。勤めの合間を見て大型重機などの資格を取得、林業への転身の準備をしていたと話す。「そんなとき、新聞で緑の雇用制度のことを知り、お世話になることにしたんです」「技術や効率のいい作業の仕方、そのほか林業のいろんなことをベテランの先輩から教えてもらえて、この制度に感謝しています」とほほえむ。また、「いまは自立する夢への助走ですね」と熱く語っていた。


植えた木が枯れずに育っているのを見たときは、うれしかったですね
片野 昭さん(旭川市森林組合)

片野昭さん 10年ごとに転機が訪れている片野さん。最初の10年はガラス工事の仕事、次が油やプロテインをつくる食品製造の会社、そしていまの林業である。「勤めていた食品製造の会社が解散になったんです。で、緊急雇用でこの仕事に就いたわけです」と話す。緊急雇用からだと、山で働き始めて、もう1年以上になる計算だ。この仕事をしてよかったことは、の問いには、「1年前に植えた木が枯れずに育っているのを見たときは、うれしかったですね」との答え。そして、「地ごしらえ、植林、根踏み、下刈り、枝打ち、除間伐と一通り作業はこなしてきましたけど、まだまだ。ベテランの人とは全然違います。動きに無駄がないし、木を伐っても、草を刈っても、リズムとスピードが違いますね」と言ってほほえんだ。それから、「できればこのままずーっと続けて、少しでも近づけるようになりたいですね」と力強く語った。


この歳になって、天職を見つけたと思っています
松本  博美さん(当麻町森林組合)

松本博美さん 「19歳の時、親に勘当されて家を飛びだし、ひとり東京へ行ったんです」と意外な話から始まった。「それから 24歳まで、東京、千葉、四国、名古屋、長野、福島と転々としましたが、あるときテレビで北海道のことをやっていて、それを見たとき帰りたいと思ったんです」と語る。で、函館の故郷に帰り、親に頭を下げて許してもらったとのこと。「函館で所帯をもってからも、市電のレール交換、土木の仕事、鳶といろんな仕事をしました。屋台を引いてたこ焼き屋もやりました」といい、どれも自分の仕事にならなかったそうだ。そして一昨年、ちょっと体をこわして休んだ後、緊急雇用で森林の仕事に出会ったという。「山で働くのは好きですね、この歳になって天職を見つけたと思っています。人生、出会うのが遅かったという感じです」と笑う。「木を伐るのは、ほんとうに爽快です。自分の仕事が、地球環境にちょっとでも役立っていると思えるのも、やりがいがあります。早く一人前になりたいですね。」そういきいき話してくれた。


最初は腰が引けていたけど、いまは4、50センチの木も伐倒できるように
村山 充さん(当麻町森林組合)

村山充さん 8人兄弟の3男という村山さんは、若い頃、次男の兄が旭川でやっていた電気工事の仕事を手伝い、その技術を身につけたそうだ。そして、自分で独立。「屋内配線の工事を請け負ってやるようになったんです」「でも、北海道は冬、仕事がなくなるんです。だから、47歳の時から冬になると出稼ぎに行きました」と話す。クルマの電装関係の会社での季節労働、それもいつしか一年中働くようになり、51歳まで。その後は、家電メーカー、土木の仕事と65歳まで。それから、ハローワークからの紹介で緊急雇用として、いまの森林の仕事に就いたそうだ。「この歳で使ってもらえるなんて奇跡だ、と家内は言ってます。ただケガだけはしないでくれ、と心配していますね」という。「最初はおっかなびっくりで腰が引けていたけど、ベテランの人が親切に教えてくれるのでありがたいですね。いまでは4、50センチの木も伐倒できるようになりました」とうれしそう。また「健康だし、生活にリズムがあっていいし、続けたいですね」と笑顔で語った。


指導員・受け入れ側の声

研修は1年では短いですね
片岡 徳之さん(下川町森林組合指導員)

片岡徳之さん 森林組合に入って20年、初めは現場の仕事ばかりだったという片岡さん。いまは、その頃の経験を生かして、「緑の研修生」の現場管理や作業班の配置などの業務を担当。「ウチでは研修項目は、通常の森林作業の中に組み込むかたちで行っています」とのこと。「実は昨年度は、研修生だけの作業編成にしたのですが、どうしても危ないからと、やれる仕事をつくりがちになってしまうんです。その反省から今年度は各作業班に入れて、班長に見てもらいながらやっています」と語る。研修を終わったら、どこへ行っても通用するような人になってほしいという。「危険な仕事も経験しないと、どう危険かも分からないし。その場を見ているだけでも違いますから」と研修生の身になった方法を考えている。そして、「研修は1年では短いですね。チェーンソーや刈払い機ができるようになっても、一連の作業の流れまで覚えるには厳しいですね」と、プロの担い手を育てるための熱意が、その言葉から伝わってきた。


若い人にチャンスを与えることも大事
山下  邦廣さん(下川町森林組合組合長)

山下邦廣さん 「森林所有者の組合であること」、それが組合の理念だという山下さん。「下川町は林業の町なんです。林業はこの町の基幹産業だから、地域から信頼される組合でないと…」と語る。そんな考えから、木材生産だけにとどまらず、さまざまな森林の恵みを生かす事業、循環型の林業経営を進めている。カラ松の木炭、オガ粉を炭にした土壌改良剤、防腐加工された集成材、さらにモミの木のエッセンシャルオイルなど、各種の商品づくりを手がけ、幅広く事業展開している。それは、まるで森林を生かすベンチャー企業のようだ。どのように新しい展開をつくりだしているのか尋ねると、「外のノウハウがこの下川に寄ってくるんですよ」と笑う。新たな可能性探求の姿勢が、内にも外にもメッセージされていなければ、こうはいかないだろう。「若い人にチャンスを与えることも大事だと思っています」ともいい、やる気を尊重しているようだ。事実、エッセンシャルオイルの事業化も、若い力が生かされていると話す。「緑の研修生」にとっても、新しい林業をめざして取り組める、いい環境が用意されているといえる。


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