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「緑の雇用」総合ウェブサイト |
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| 杉山大介さん(33歳)本宮町森林組合 |
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静岡からやってきた杉山さんは、奥さんと3歳、1歳の子どもとの4人暮らし。いまは家賃15,000円の「緑の雇用」担い手住宅に住んでいる。こちらにくる前は、お茶農家の手伝いをしていたといい、「自分の紅茶をつくりたいという想いがあって、勉強をかねて働かしてもらっていたんです」とのこと。もともと1次産業に就きたいと思っていたそうで、昨年の2月に池袋で開かれた「U・Iターンフェア」へ行き、和歌山にくることに。「私の場合、ほかの人と違って収入は増えた方ですね。暮らしはよくなりました」と笑う。奥さんは独身時代、トラックに野菜を積んで行商していたという元気な人。地元の人とも明るくおつきあいしているようだ。彼も「なるべくお祭りや集会には顔を出すようにしています。本宮町の人は外からきた人に寛大で、温かいですね」「いつか民家を借りて、もっと地元にとけ込みたい。自分の紅茶も作りたい」と夢を語ってくれた。 |
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| 石部ジョージ巽さん(42歳)本宮町森林組合 |
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ブラジル出身の2世という石部さん。いまは亡くなっているが、獣医だったお父さんがブラジルに渡り、養鶏場をやっていたそうだ。「日本にきたのは13年前。最初、大阪の泉大津にある工場で1年、そのあと岸和田の建築会社で12年働いていました」と語る。奥さんは、最初に働いていた工場で事務をしていたそうだ。「ブラジルに帰りたかったけれど、結婚してから帰ったら、彼女がかわいそうだから・・・」と奥さん思い。そこで、大阪で開かれた就業相談会に行き、和歌山県で林業をやることに。「会社の先輩から、熊野はいいところだと聞いていたから、場所はここに決めていました」「初めは不安だったけれど、周りの人がとっても良くしてくれるし、いまは快適ですね」とにっこり。近所の人からただで畑を借り、野菜づくりもしているという。「生まれたところが田舎だったから、ここはほっとできますね」どうやら、もう一つのふるさとができたようだ。 |
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| 溝邊賢一さん(35歳)本宮町森林組合 |
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「船橋競馬場で厩務員をやってました」と溝邊さん。なんと奥さんは、地元船橋生まれの初の女性ジョッキーだったという。それに、奥さんのお父さんは、かつては騎手であり、その後は調教師として活躍していたそうだ。どうして林業に、と聞けば、「田舎で暮らしたかった」との答え。そして、「父が引退して調教師を継ごうか迷ったけれど、これを機に決心しました」「渓流釣りが好きで、自分の川がほしかったし、嫁さんが暖かいところに住みたいと言っていたので」とのこと。いまは週4日、近くの食堂で働いているという。「収入は前より下がったけれど、二人で働いて余裕ですね。嫁さんの分が貯金できますよ」と話す。こっちにきて1年半、朝は競馬場の方が早かったので苦にならないが、さすがに最初の夏の下草刈りはきつかったそうだ。だが、間伐をして明るくなった山を見たときは、やり遂げた充実感があると語る。「仕事も、この地域も、すごく気に入ってます」と毎日が充実しているようだ。 |
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| シェルパ・プードルジさん(34歳)本宮町森林組合 |
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ネパールから日本にきて10年というシェルパさん。実に日本語がうまい。来たばかりの時は苦労したようだが、漢字も覚え、自動車免許もこっちで取得した。ネパールでは、名前の通りシェルパをしていたそうだ。日本では、長野のスキー場、東京のインド料理のお店で仕事をしていて、二人とも田舎暮らしがしたいと思っていたそう。そんなとき、「緑の雇用」のことを知り、和歌山の就業相談会で決めたとのこと。「面接のときに新築の家に入れると聞き、うれしかった」と話す。それは、研修生のために用意された「緑の雇用」担い手住宅。「家賃は安いし、庭も駐車場もあるし、畑も作れるし、緑には囲まれているし、言うことありません」と奥さん。シェルパさんも、こう語ってくれた。「自然の中で働けるのがうれしいです。一人前になるには何年もかかるけど、ずっと続けて、ここにいたいですね」 |
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| 響谷直樹さん(38歳)・妙子さん(38歳)熊野川町森林組合 |
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二人とも「緑の研修生」という響谷さんご夫婦。なんと19歳の息子さんも緊急雇用で同じ仕事をしている。親子3人が森林で働いているフォレスターファミリーだ。こちらにくる前は、埼玉の草加で理髪店をやっていたとのこと。ご両親ともども一家でやっていたそうだが、「父が亡くなり、不況にもなったので、店を閉めようと決心しました」という。「海で漁師になるか、山で働く。そんな自然相手の仕事が昔からの夢で、ずっと口説いていたんです」とご主人。そして「家族でここを見にきて、一家で一目惚れしちゃいました」と奥さん。いまでは民家を借り、田んぼや畑を作り、消防団にも入って地元の人になろうとしているようだ。「小学5年生の長女も少人数制になって、学校のみんなが友だち。休みがちだった子がよろこんで学校に行ってますね」と二人ともうれしそう。また、「山の仕事は、一日の時間の流れとか、四季を感じて、生きてるって気がします」「せかせかしなくなったし、家族の時間が増えましたね」と話し、うなずきあっていた。 |
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| 西川厚志さん(45歳)熊野川町森林組合 |
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「自然の中で、みんなでのびのびくらしたいね」と、転職を勧めたのは奥さんだったという。それまで、札幌でコンピュータエンジニアとして働いていた西川さん。東京への出向なども多く、残業ばかりだったとか。そこで、札幌で開かれた「森林の仕事ガイダンス」にでかけて相談、就業前研修を受けることに。しかし、研修は受けたが、あいにく就業先が見つからない。全森連に電話で相談してみると、和歌山県なら大丈夫かも、ということ。で、和歌山県森林組合連合会が東京で独自に開いた就業相談会に出かけてみると、熊野川町森林組合から「ウチでやるかい」といわれ、「お願いします」と即決。そのことを奥さんに知らせたら、とても喜んでくれたという。いまは雇用促進住宅に住み、「家族4人、たいへん満足しています。子どもが外で遊ぶようになって、活発になりましたね」と目を細めながら話してくれた。 |
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| 金谷至正さん(38歳)熊野川森林組合 |
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大阪生まれ、大阪育ちの金谷さん。地元が本社の就職情報会社に勤めていて、この仕事に変わる前は、転勤で札幌にいたという。「いつも家に帰るのは深夜でしたね」といい、そんな時間のサイクルを変えたいと思っていたそうだ。転職へのきっかけは、就職情報誌で「緑の雇用」の記事を読んだこと。そして、すぐインターネットで調べ、行動開始。会社も辞め、実家に近い京都での「森林の仕事ガイダンス」で、いまの熊野川町森林組合に決まった。「仕事は相当きついと覚悟していたから、想像以上ではなかった。でも、技術的には難しく、伐り方ひとつとっても奥が深いですね」という。田舎に住みたかったという奥さんも、近くの畑を借りて野菜作りを始めたそう。転職してよかったことは?と聞けば、「5時半には家に帰れること。こっちに来て、明るいうちに風呂に入れたときは、ちょっと感動しましたね」と笑った。 |
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| 梅崎健一さん(46歳)本宮町森林組合・指導員 |
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自身がIターンの梅崎さん。山が好きで、ここにくる前は、長野の山小屋で働いていたという。夫婦二人とも仕事を探していて、奥さんが熊野博のスタッフに決まり、それが縁でこちらへ。そして、自分の仕事と住む家を探していたとき、森林組合に入れば住宅の用意があると聞き、山で働くことにしたそう。「二人とも大阪生まれで、和歌山は近いし、好きだったし、山の仕事に魅力を感じたから」という。「でも、ベテランの中に一人だったから、ついて行くのに必死でした。その分、早く技術を覚えられた気がします」とのこと。いまは6人の研修生を見ている。「みんな研修生だから、レベルアップが昔より遅いかも。その代わり、無茶しないから安全だけど」と話す。また「研修生にはなるべく口を出さず、自分なりにやって覚えてもらうようにしています。危険になりそうなときは注意しますけど」と、技術が身につくように配慮しているようだ。 |
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| 田中多喜夫さん(58歳)熊野川町森林組合・参事 |
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「ウチではいま、24名の緑の研修生がいます。県内では、いちばん多いですね」と語るのは、熊野川町森林組合の参事である田中さん。研修生のインタビューでも、田中さんに誘われたという人は多く、受け入れに極めて積極的である。研修生に対しては、「やっぱり事故が心配。何かにつけて気をつけるようにとアドバイスしています」とのこと。これまで、大きな事故はないという。それと、Iターンで入ってきた人には、「地元に早くとけ込めるよう、積極的に交流するように勧めています」「消防団に入る、集会とかお祭りに参加するなど、地元の人に受け入れてもらうことが、こちらでの生活にはだいじですね」と話す。「幸い、地元の人にも、学校にも喜んでもらっています」「受け入れ側としては、地元の人がみんなをだいじにしてくれて、ありがたいですね」そう、うれしそうに話してくれた。 |
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