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尾鷲ヒノキで名高い尾鷲は、江戸時代より続く歴史的林業地。!
尾鷲ヒノキで名高い尾鷲は、江戸時代より続く歴史的林業地。
紀伊半島の東南部に位置する三重県尾鷲地域(尾鷲市・紀北町)は、熊野灘と急峻な大台山系に挟まれ、地域の9割が山林と極めて平地が少ない。海岸線は複雑なリアス式海岸となっている。
「尾鷲林業」は、徳川頼宣が紀伊国和歌山藩に移封された元和5年(1619年)に始まったといわれ、明治時代にはヒノキの密植・多間伐による造林技術が確立されていた。また、年輪幅が狭く、強度が高く、色つやの良い尾鷲ヒノキの特性を活かす確かな製材技術が発達していて、全国でも指折りの高品質材を生産している。
尾鷲林業の歴史と現在の姿を、尾鷲の二人の林業家にお聞きした。
尾鷲林業地の歴史的背景
濱中 良平さん

濱中林業
濱中 良平さん

尾鷲で代々林業を営む濱中良平さんは、ご自身が九代目。創業は元禄13年(1700年)に遡る。それでも尾鷲では中堅クラスで、一番古い土井家は十五・六代目にあたるという。
郷土の歴史研究家でもある濱中さんによると、尾鷲で林業が発達したきっかけは、元和5年(1619年)に徳川紀州家の祖、徳川頼宣が紀伊国和歌山藩に任じられ和歌山城に入る際に、尾鷲周辺が痩せた山ばかりで平地がなく、米が取れない土地であることを見て、寛永13年(1636年)に奥熊野山林定書を公布し、山林を広く民に開放したことによるという。こうした藩の施策により、木炭生産とともに用材生産も盛んに行われた。
濱中さんの祖先は、もともと濱中村(現・和歌山県海南市)の出身で、このことを知って、土地を得るために移住してきたのだろうという。先の土井家も濱中村の出身で、尾鷲に移住しスギ・ヒノキの植林を最初に手がけ、尾鷲林業の端を開いたとされている。材は船で14日かけて江戸に運ばれた。尾鷲は、大阪・堺と江戸を結ぶ海上交通の中継基地でもあったことが林業の発展に大いに寄与した。
当時は手入れの楽なスギが中心だったが、明治以降、商品価値の高いヒノキが植林されるようになり、明治の中頃から現在の高密植・多間伐の造林が行われた。現在は90%がヒノキだという。

現在の尾鷲林業
泉 雅夫さんさん

泉林業有限会社
東紀州・
尾鷲ひのきの会代表
泉 雅夫さん

尾鷲の林業が他の地域と違うのは、山 主は育林を主に行い、製材業者が「立木買い」で山の木を丸ごと買い、伐採・搬出から製材までを一手に行っている点だ。そのため、木がどんな所でどんな風に立っていたかを知った上で製材することができる。
「尾鷲挽き」といい、一人の職工が木の目を見て、ゆっくり吟味しながら製材していく。木は、人間と同じで1本として同じものはない。泉さんは、挽くときも木の立っていた状態を頭に入れているそうだ。それでも木の中まで透視することはできないので、第一刀目と第二刀目は勘が頼りになるという。
しかし、一方で材価が低迷する中、こうした方法は採算が取りにくいのも事実。そこで泉さんたちが結成したのが「東紀州・尾鷲ひのきの会」だ。地元の山林経営者や製材業者、素材生産業者、家具・建具製造者、建築士が集まり、尾鷲ヒノキを直接、お客様へお届けしている。
その木がどこの森で育ってきたのか?誰に製材・加工されたのか?木を伐った後の森林はどうなったのか?顔が見える、森林が見える家づくりをお客様と一緒に考えていこうという試みだ。
全国のお客様に、尾鷲ヒノキの家を建ててもらいたいですね、と泉さんの夢は広がる。

「東紀州・尾鷲ひのきの会」のホームページ
http://www.re-forest.com/owase-hinoki/index.html

代々伝わる林家の印。 代々伝わる林家の印。

尾鷲の古い林家には代々伝わる印がある。取材した濱中林業の印は「角山吉(かく・やま・きち)」。濱中村出身者の印には必ず「吉」の字が入るそうだ。
昔は出荷する材の小口にこの刻印を押していた。船が難破したときに海岸へ流れ着いた材の刻印を見て、所有者がわかるようになっていた。ちなみに材を回収した者には1割の代金が支払われたらしい。
今でも山の境界線の目印となる境目木には、所有者の印を描き入れている。境目木は立て木(たてき)とも呼ぶそうだ。

強靱な尾鷲ヒノキ。 強靱な尾鷲ヒノキ。

尾鷲の山は急峻で土壌は痩せていて、樹木が成長するには厳しい自然環境だ。そのなかでじっくりと時間をかけて育った尾鷲ヒノキは年輪が緻密で、強靱なのが特徴だ。
大正12年(1923年)の関東大震災のときに、尾鷲ヒノキで建てた家は地震で倒れなかったという逸話も残っている。
実際に試験をしてみると材の強さを示すヤング係数は平均E120程度と、一般のヒノキのヤング係数(E90〜100程度)に比べて大きいことが実証されている。

尾鷲ヒノキの巨大建造物、三重県立熊野古道センター。 尾鷲ヒノキの巨大建造物、三重県立熊野古道センター。

熊野古道センターは、60〜80年生の尾鷲ヒノキ6549本を使用して建てられた。
トラス架溝や集成材を使用せず、同一断面(135mm)の芯持ち無垢材の集積による構造システムにより大空間を実現している。
尾鷲ヒノキの角材を束ねて作られた組柱・組梁・組壁は、端正な日本建築の伝統を守りながら、木造の直線的な美しさ、力強さを表現している。

http://www.kumanokodocenter.com/


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